誹謗中傷に対し、正義であっても他者を批判してはいけないなと思うのです。

まだ22歳という若さで、1人の女子プロレスラーがSNSでの誹謗中傷によって命を落としました。

私は彼女が出演していた番組のファンでした。

Netflixで毎週水曜に配信されていて、東京編は欠かさず見ていました。

テレビでも同じ放送を見ることはできますが、1、2ヶ月程ズレて放送されているようでした。

彼女は2度、辛い誹謗中傷を受けたのです。

1度目はネット配信後。2度目はテレビ放送後。

実際、発端となった出来事は、画面で見る限り彼女の怒りにフォーカスを当てられていたように思います。

お相手の男性を哀れむように仕立て上げられていたのかもしれません。


そして、彼女の元に心ないメッセージが毎日届くようになったのでしょう。

1度は乗り越えたのかもしれません。

彼女はその後もしばらくシェアハウスに住み続けていましたから。

周りに仲間が居てくれたことも彼女にとっては救いだったと思います。

きっと本人は悔やんでいたと思うから。

気持ちが落ち着いてきた頃、同じ批判を受けた時、彼女はシェアハウスを出ていたのだと分かりました。

人を助けるのも、傷付けるのも人なのです。


そして、批判してきた人を今度は正義に基づいた立場から誰かが批判をし始めます。

自粛警察と同じ構造だと思います。

人は正義の立場に立つ時、間違ったことを指摘する加虐性は高まり、過剰に責めてしまうこともあるのです。


自分が正しいとする時、他者を叩くというのは子供もやります。

わーるいんだ悪いんだ、せーんせいに言っちゃーお。って子供の時言ったり言われたりしませんでしたか?

これと同じことです。

これ言われるとキツいです。自分が悪くても、悪くなくても、みんなに言われるとメチャクチャ辛い。それで、泣いちゃうんです。

でも、言ってる方は正義だから責めて当然と思うんです。

その小さな時の経験から、1人を大勢で責めることはキツいなって学ぶんです。

そこで学ばないと程度やイジメとの境目が分からなくなるんです。

批判や罵り合いからは、愛は生まれないのですから。


彼女を責めても何も生まれなかったし、その批判は彼女の命を奪ってしまった。

だから、責めた人を責めてもそこからは何も生まれない。


自分を正しいという正義に置いた批判やジャッジメントは自分のエゴが噴き出しやすいです。


言動は慎重に。慎みなさいと花ちゃんに教えてもらいました。



花ちゃん、ありがとうございました。


心よりご冥福をお祈りいたします。


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